
光が服着て歩いてら

光が服着て歩いてら
お渡し会、というカルチャーがある。
CDだとか書籍だとかって作品を、その作品の作者自身がファンに手渡すというアレ。
まあ基本的にCDだ書籍だっていうのはお金を出して買うわけですから、ジャケ買いじゃない限りそれなりに作者のファンってのが基本だと思うんですよ。
それをね、作者がね、ファンに直接ね、手渡ししちゃうぞ、というカルチャー。
普通にヤバいだろ。
つまり好きな、推している、敬愛(あるいはガチ恋)している作家とかミュージシャンとか俳優が、「はいどうぞ~」つって目の前に現れて、あまつさえお喋りなんかができてしまったりなんかするわけだ。
最初に考えたのマジ誰なんだろう。
だって海外アーティストのライブ映像とか見てると、もうそのひとがステージに上がってきただけで失神してるようなのしょっちゅうあるのに、うちの子ファンを交流させちゃお☆なんて双方にとって危険でしかないんじゃないだろうか。
しかもステージと客席なんかより物理的な距離が全然近いし。
わたしは典型的なオタクだが、とにかくメンタルがミジンコなのでこれまでそういったイベントに行ったことはなかった。
(心が弱いというのもあるけど、そこまでしたいと思うほど推したひとがいない&推しているひとがベテランすぎてそういうイベントがない)
が、今回ついに、満を持して、29歳にして、初めての『お渡し会カルチャー』に足を踏み込んできたわけである。である。
今回参加してきたのはこちらのお渡し会
前田公輝さんという俳優さんの、セカンド写真集のお渡し会だ。
1冊だとお渡しのみ、3冊だとお渡し+ツーショットチェキ、5冊だとさらに名入れ特典などがある。
わたしは彼のインスタストーリーでこのイベントの情報を見た次の瞬間からしばらく記憶がなくなり、気が付くと手の中には『3冊券を購入しました』みたいな通知が表示されたスマホを握っていた。
怖すぎ。
あまりに息をするように参加を決めてしまったので、好きな俳優(しかも顔がいい)に会う、なんていうのはすこしも想像がついていなかった。
チケットを購入したのがイベントの2か月近く前というのもあり、ほんとなんか、同じ写真集3冊も買ってどうすんの…?という感じだった。
これ推し活界隈あるあるだと思うんですけど、記憶消えますよね?
馬鹿の呼吸壱の型、気絶。
ネタが古いなあ。
で、月日は流れお渡し会当日。
当日を迎えてもなお、今日彼と対面するという実感は少しもなかった。
いつもお出かけするときと同じような服を着て、メイクをして、ヘアセットをして。
写真集を3冊も持って帰らなきゃならないので鞄は大きめにした。
イヤホンを耳に突っ込んで、toeとかを聞きながら電車に乗る。
ほんとにいつもと変わらない。
会場は渋谷のHMVだったんだけど、建物のなかに入ってからもぜんぜんだった。
ただ整理券をもらって、非常階段の待機列に加わって、周囲にいるわたしと同じく彼に会いに来たファンの方たちをぼんやり眺めたときに、なんとなくそうしなきゃいけない気がしてBGMをART-SCHOOLに変えた。
イベントが始まったらしい雰囲気がして20分くらい経ったあと、自分の並んだ列がゴソッと前進して、特設ブースに入った。(イヤホンは外した)
ブース内はこんな感じ。
前方のステージみたいになところに黒い仕切りがしてあって、その向こうで撮影やお渡しをすることになっている。
ひとりが入るとひとりが出てくる工場めいたシステムにちょっと笑ってしまった。
でも出てくるひとはみんな幸せそうな顔をしていて、しかもあれだけスムーズに事が運ぶのは運営さんの尽力の賜物だ。
本当にすごい。ありがとうございます。
いやそんで声でっっっか。
ブースに入るや否や、それはもうすこぶる元気な声が仕切りの向こうから聞こえてくる。
さすが舞台にも立つ俳優、声の出し方が圧倒的に違う。
こんなに突き抜けて爽やかで健やかな「こんにちはー!」と「ありがとー!」は、生まれて初めて聞いたし、声だけでも陽の者なのがありありと分かる気さくで優しい話し方だった。
ここにきてようやく、『ああわたしは今から好きな男に会うのか』ということを自覚する。
そうなるともう急に緊張してきて、心臓は怪しいビートを刻み始めるし、みぞおちのあたりがキュッとなるし、なんだか指の先とか頭のてっぺんとかがみるみる冷たくなっていった。
ひとり、またひとりってパネルの向こうに吸い込まれて行って、1歩前に足を踏み出すたびに喉の奥がギュウギュウ鳴ってしまう。何の音なの?
わたしのひとつ前のひとがなかに入って、列のいちばん前になったときはもうほとんど息をしていなかったと思う。
それでも心の準備なんてする間もなくあっという間に、「はいどうぞ~」ってスタッフさんに促されて結構あっけなく自分の番がやってきてしまった。
上の図にも描いた四角(ほんとに四角くバミってあった)のなかに立って待っててくださいって言われて、その通りに立つともうすぐそこにいる。
いる。
ここではまだ前のひととお話してるから待ってるんだけど、すでに横顔の造形美がとんでもない。ニコニコきらきらしてて、肌とか信じられないくらい真っ白で、ちょっとこの世のものではない感じさえする。
で、前のひとに「ばいば~い」って陽気に手を振ったかと思うとこっちにくる。
くる。
いやいやいやいやいやいやマジでくるじゃん。
すごいのくるじゃん。
一応感染対策でアクリル(ってかもうめっちゃ薄いビニール)で仕切ってあるんだけど、うすかわいちまい、という表現がぴったりだと思うあの近さは。
アクリルというかビニールというか、とにかく間仕切りがなければ普通に接触してしまう距離感だった。
そういう近さに、ぴかぴか輝く光の玉みたいなのが微笑みながらやってきてしまった。
位置につくともう1回こっちを見て少し笑って、それから写真を撮った。
なんとなくそんな気はしていたけどもう怖くなるくらいこっちに体傾けてて、いやいやいや触れ合ってしまうて、ってわたしは完全に固まるしかなかった。ちなみに撮ったチェキは家に帰るまで恐ろしくて見返せなかった。
スタッフさんの誘導の声すら遠くに聞こえて、半ばよろつきながら隣のお渡し台まで歩く。
チェキのときと同じくぺらんぺらんのビニールが胸のあたりまで垂れさがってて、その下から彼本人が「どうぞ」って彼自身の写真集を渡してくる。
わたしは確かにそれを受け取ったはずなんだけど正直あんまり覚えてなくて、たぶんひざ下を叩いたら脚がポンと上がるあれみたいな、反射で手を伸ばせたんだろうなと思った。
なんかとってもいい香りがしたことだけは覚えている。
人間匂いの記憶はよく覚えているって言うけど、本当なんだな。
写真集を受け取ったあとはすごくて、まずお渡し台にがッと手をついて顔の高さをそろえてくるし、もう絶対にこっちの目から視線を話さない。
相変わらず喉の奥がギュウギュウいって唇をパクパクさせていたら、「服の色すご!青とオレンジ!?」ときた。
こんなのほとんどタイマンじゃん。そんで全っ然視線を逃がしてくれなくてすごい。
もちろんわたしの負け。ボコボコの全身骨折全治半年です。
青とオレンジ!?って言われてわたしはなんとか、
「いや~旦那にはウルトラマンみたいって言われました(本当に言った)」
と答えたんだけど、
「え~??…ウルトラマンは、赤と白、だよね?」
って苦笑してた。
ほんとにその通りだと思う。あとこの色の組み合わせはどっちかというとエヴァだよね。
苦笑してる姿すらきれいすぎて、せっかくこんなに距離が近いのにわたしはちょっと後ずさりしながら「きれい…後光が差してる」とか言ってしまう。
ぶっちゃけライトはわたしが背にしてるパネルのほうから当てられているので後光ではないし、本人も「ライト向こうからさしてるけどね(笑)」ってなってたけど、わたしにははっきり彼を縁取る光の輪郭が見えた。
たぶん彼自身がうっすら光ってたんだろうな。自然発光。
もうこのあたりでわたしはほとんどダメで、完全にどうしていいかわからなくなり彼の斜め後ろに立っていたSP(俳優のうえきやサトシさん)さんに助けを求めるように目を向けてしまう始末だ。
わたし「いつもありがとうございます(推させてくれて)」
彼「いやいやこちらこそだよ!」
わたし「いややば…うわ~すご…きれ~~~…」
彼「あはは!(王子様スマイル)」
わたし「(どうしよう?って顔でSPを見る)」
みたいな。
泣きそうな顔したわたしに見られたSPさんがちょっと困ったふうに笑ってくれたのを見届けて、わたしはあとずさりのスタイルでパネルの外に出た。
促されるままに残りの2冊の写真集と特典の生写真を受け取って、なんでもない顔をしてHMVを抜け、エスカレーターに乗っかる。
時間にして、2分か3分。
それこそウルトラマンか、ぐらいの短い時間。
でもビルの外に出て、渋谷駅に向かって、山手線に乗って、そのあと最寄りまで行く線に乗り換えて、家に着いたってずっと耳鳴りがするくらい心臓がうるさかった。
手首とか首の後ろとかくるぶしなんかがびりびり痺れて、でっっかい声で叫び散らかしたくなるような、でも声を出したら内臓全部外に飛び出ちゃいそうな、なんかそんな感じがした。
なんの捻りもない感想だけれど、俳優さんってほんとにすごい。
わたしの前に何人ものファンとそれぞれ交流して、そしてわたしのあとにだってものすごい人数が待っていたはずだ。
それどころか翌日には名古屋と大阪へも回るのだ。
考えたら目が回るような数のひとをたったひとりで相手にするのに彼は、誰に対しても等しく突き抜けた高い夏の青空みたいに清々しくて、きらきらまぶしく光っていた。
演技力だとしても彼自身の明るさだとしても、どちらにせよとんでもないことだと思う。
お仕事として、それでも来るひと全員が楽しんでいってほしいって考えてくれてる、と感じさせるような、そういう。
実際わたしなんかチョロいからすっごく元気になってるし、趣味のランニングもめちゃくちゃはかどってしまってお渡し会の翌日は1時間走り続けてしまった。
こうしてわたしの、人生初めての「お渡し会」は終了した。
ほんとのことを言うと、あれだけからだの中身をぐるぐるさせておきながら「ほんとのことだったのかしら」とか少しだけ思う。
だってあまりにもすさまじくて、頭のてっぺんから足のつま先までどこをとっても同じホモ・サピエンスとは思えない。
ちょっと国とか傾いちゃいそうだし、見えないところに隠しておいたほうがいいんじゃない?みたいな。
だから全然現実味がなくて、鮮明に覚えたまま目覚めた夢の感覚に似ている。
いるんだなあ、光そのものみたいなひと。
すごい、なんていうかもう、推せる職業に就いていてくれてありがとうございますほんと。
追記(と言いながらはなから原稿に書いてある追記)
前田さんのことを彼、彼と描いているのは別に彼女面をしているとかそういうわけではなく、彼の名前を頻出させてしまうことで万が一、「前田公輝」とググったどなたかの検索結果にこの記事が出ちゃったらアレだなって思ったからです。
あ、あと、彼が出演している映画「HIGH&LOW THE WORST X」が絶賛上映中なので、劇場でやっているうちにぜひ滑り込んでくれ。