
ティンバーランドが履けない

ティンバーランドが履けない
HIPHOPカルチャーをこよなく愛する僕は、いつも自分のファッションのどこかに必ずその要素を取り入れるようにしている。
それは例えば帽子であったり、NIKEやADIDAS、PUMAのスニーカーであったり。コレクターではないがスニーカーをはじめとした靴は特に好きで、たくさんのキックスを履いてきた。
そのなかでひときわ強い憧れを抱いている物がある。
「ティンバーランドのイエローヌバックブーツ」だ。
今でこそ多少安価になり、手に入れるのは難しくないこのHIPHOPファッションの定番アイテムだが、僕は、いちども履いたことがないのである。
今日はそんなティンバーランドへの思いを書いてみようと思う。
僕が多感な10代を過ごした90年代の終わり頃、カルチャーとしてのHIPHOPが街中に浸透しだした時代。
「WOOFIN」「WARP」「Ollie」といった雑誌を読んでは当時の最新ストリートファッションに憧れ、少し歳の離れたHIPHOP好きな兄のお古を貰ってはB-BOY的服装を楽しんでいたのが、雑誌のスナップよりも僕を憧憬させたのは海外のラッパー達のCDやレコードのジャケット写真、そしてミュージックビデオだった。そしてそれは今でも変わらない。
兄の影響から、90年代中頃、とりわけ名盤と呼ばれる作品が数多く発表された94年前後のRAPミュージックを好んで聴いていた僕はそのCDジャケットに印刷されていたラッパー達の服装をくまなくチェックする。
それらのミュージシャンの多くはだぶだぶのバギーパンツをルーズに履き、オーバーサイズのフーデットパーカーを身に着けて、ミリタリージャケットやダウンベストなどのボリューム感の出る上着を羽織るスタイルを好んでいた。
Das EFX / Baknaffek
彼らミュージシャンの装いに共通していたのは、冬には極寒となるN.Yのストリートにも耐えうる機能、防寒性を重視していたこと。
都会でありながらもタフな気候が同居する街で過ごすためには頑丈な作りの“戦闘服”が必須だったのかもしれない。
そんな機能性を足元にも求めてしまう。
彼らがワークブーツとしての歴史を持つティンバーランドに目を付けるのは当然だっただろう。
その中でもBLACKMOON率いるBOOT CAMP CLICK勢とWU-TANG CLAN一派がティンバーランドのブーツを主役に据えたコーディネートを実践。
無骨に、そしてクールに履きこなしていたように思う。
WU-TANG CLAN / C.R.E.A.M
Black Moon / How Many MC’s
特にBLACK MOONとその一派であるBOOT CAMP CLICKは、メジャーの派手さやキャッチーさとは対極にあるコアな楽曲が今も昔もアンダーグラウンドHIPHOPファンに愛され、日本ではWU-TANGと並び最も人気があったCREWだった。
(当時のRAPミュージックはワンループのsample主体のDOPEな楽曲がトレンドで、もったりした泥臭いビートとダークで不穏なRAPが絡み合う様を「いなたい」と表現していたが、これはBOOTCAMP勢の人気から認知された言葉とする説もあるのだ。90年代から00年代初頭にCLUBへ行っていたことのある人なら納得することだろう。)
彼らの身につけている服は明らかにスタイリストに着させられた物ではなく、普段使いとしての“素”の表情が伺える。
“ブリンブリン”なゴールドチェーンではなく、レーベルのロゴがプリントされたTシャツを全面に見せつけてREPRESENTする姿勢、どっしりとFATなビートを踏み締めるタフなティンバーランドのブーツが、僕の目には一際クールな物として映った。
危険を孕んだストリートを生き残るハスラーの証。正に「only the strong survive」が身につける最強の靴なのだ。
Mobb Deep / Survival of the Fittest
憧れの気持ちが募る一方で、百貨店で見かける「ティンバーランド」は僕には手に取るのがはばかられるような値札がついていて、文字通り指をくわえて見るしかなかった。
それから少し経った頃、大手の靴量販店でティンバーランドのブーツが取り扱われるようになり、価格も手に取りやすくなったことで、街なかでイエローヌバックを履いた人を頻繁に見かけるようになった。
拗らせた感情がくすぶる。僕の悪いクセだ。
憧れの逸品だった物が、カジュアルに取り込まれてしまい、言いようのない寂しさが押し寄せてくる。
僕はただの日本人でラッパーでもない。
そんな自分が本場N.Yのタフなアーティスト達と同じように憧れのブーツを履きこなせるとは思えなかったのだ。
憧れは、憧れのまま残しておきたい……。
最近は90’sリバイバルと称してFILAやKANGOL、CARHARTTなど90年代のラッパーが好んだブランドの洋服が若者のファッションに取り入れられている。
ダッドスニーカーブームも定着しているが、それらは僕の愛するHIPHOPカルチャーが先駆けだったと思っている。
しかしながらティンバーランドのイエローヌバックをFATなシルエットに取り入れる向きは見えない。
だからこそ今、逆張りとしてティンバーランドのブーツを履くべきかもしれないが、やっぱり僕は二の足を踏んでしまう。
憧れは憧れのまま、心の中に大切にしまっておきたいのだ……。
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■WU-TANG CLAN
■BLACK MOON
■Mobb Deep