
買わずにいられないもの。

買わずにいられないもの。
映画や舞台を観に行くと必ず、パンフレットを買ってしまう。
どんなにつまらなかった作品でも、たまたま飛び込みで見にきた作品でも絶対に買う。
自分には合わないと思った作品のパンフレットでも、ギョッとするほどかっこいい写真が掲載されていたり意外なこぼれ話が書かれていたりして、案外侮れない。
とにかく読み物が好きなのだ。
文字がたくさんある紙面を眺めているのは心地よい。
特に紙ものであればよりよいと、わたしは思っている。
気が付いたころには教科書が配られると、まず授業が始まるよりも前に隅から隅まで文字に目を通すのが年度始まりの恒例になっていた。
物語を読み書きするのが好きだったこともあり周りからは読書好きと思われていたけれど、それだけではなく活字の印刷された紙を触ったりめくったり、文字のかたちを観察したりすることが好きなんだろうと思う。
そういうわけでわたしは、劇場パンフレットやオフィシャルプログラムと呼ばれるものに目がない。
一口にパンフレットといっても当然、内容はもちろんビジュアルもさまざまでおもしろい。
シネコン系映画やプロデュース系舞台のパンフレットはきらびやかでダイナミックだし、単館系映画や劇団公演のパンフレットはその世界観を徹底して落とし込んでいてめちゃくちゃおしゃれだ。
蔵書の数がえげつなくて多くは実家に眠っているんだけれど、お気に入りのいくつかはいまの家に持ってきていて、今回はそのなかからとくに好きなものを4冊ほど紹介しようと思う。
1.探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点
もはや何であるかもわからないいでたちと、ド派手なマゼンタ地にホログラムの箔押し。
最高にゴキゲンなビジュアルだが紛れもなくパンフレットである。
劇中に登場する、主人公行きつけのオカマバーで配っているマッチを模した外装を開くと、なかからパンフレットが登場する仕組みだ。
パンフレットの表紙にファンシーな色味のマッチがプリントされていて、物語を知ったうえで見るとより、よく考えられているなあと感じる。
きらびやかなパンフレットはたくさんあるけれど、わたしが手に取ったなかでこれほど遊び心を利かせたものは後にも先にもこれだけだったように思う。
内容はロケーションマップから始まり、映画の概要、キャスト陣や製作者たちへのインタビュー、そして主演ふたりのダイアローグとごく一般的なものだけれど、薄手の本でありながら充実度は高く、小さな文字でびっちり言葉が並んでいるのがいい。
個人的に好きなのは、大泉さんと松田さんのダイアローグ。
キャストそれぞれのインタビューももちろん面白いけれど、対話だからこそ飛び出る撮影の裏側や役者陣の空気感に触れられるようで特別な感じがするし、これに関してはもう大泉さんが普通におもしろい。
2.Mommy / マミー
海外の雑誌をイメージさせるようなデザインがめちゃくちゃオシャレなパンフレット。
中身も一貫して雑誌のスタイルをとっているだけでなく、目次や奥付の組版など細部にまで手が込んでいて素敵だ。
というか、この監督の映画のパンフレットはおしなべておしゃれだ。
おしゃれ度で言えば右に出るものはないんじゃないだろうか。
そして表紙のハンサムが、件の監督グザヴィエ・ドランだ。
Mommyという映画にはすこぶる魅力的なキービジュアルがあるにもかかわらず、通常の映画パンフレットに倣わず監督の彼を表紙に据えている。
内容も、作品の裏側に迫るというよりは表紙のとおりグザヴィエ・ドラン自身を紐解くようなものになっているのだ。
ドランは“母と息子”というテーマに強いこだわりを持ちいくつもの作品を創ってきている。
そんな彼が『Mommy』という作品のパンフレットで紐解かれることで、映画そのものがもうひと段階完成されるような、他に類を見ない劇場パンフレットの使い方が気に入りの理由だ。
3.舟を編む
さすが辞書編纂の物語、というくらいとにかく字が多い。
多くの文章で作品についてが語られていて、読みごたえはわたしが持つパンフレットのなかでも頭一つとびぬけている。
作品のなかに登場する辞書と同じ紙を使用したページを作ったり、辞書の制作工程を掲載したりと遊び心もあってエンタメ性にも富んだ読み物になっているのが面白い。
映画のスクリプトがまるまま載っているのもテンションが上がった。
なかでも好きなのがこの日焼けしたような紙のデザイン。
年季の入った書物を思わせる色味を新品の出版物で再現するこだわりに、作品への思い入れがうかがえる。
4.イモンドの勝負
前々回に記事にした舞台公演のパンフレットだ。(なぜかどう頑張ってもモアレがすごい)
見よこの見事なA4変形。
天が斜めにカットされていてもうこの時点で個性がすごい。(モアレもひどい)
表紙と裏表紙のひとの顔が反転印刷されているらしいのも、物語を観た上では「なるほどな」と思う。
内部には4か所ほど片観音のページがあり、いずれもド派手で不穏なコラージュ画像がフルカラーでプリントされていて出版物としてあまりに豪華だ。
そしてこのパンフレットはもう写真の充実度がすさまじい。
舞台公演のパンフレットなので劇中の写真がないのは当然なのだけれど、わざわざパンフレット用に作品とは別の衣装を纏い、撮影をしているのだ。
こんなにいろんな恰好を見せていただいていいんですか、と泣けるくらいかっこいい撮り卸し写真が詰め込まれている。
舞台公演のパンフレットの強みだろう。
さらに後半、KERAさんとナイツ塙さんの対談と、稽古場レポートが掲載されているのだけれど、これを読ませてもらえる特別感ったらない。
全編を通して、好きなものをここまで見せていただいて……というありがたさがすごい。
ありがたいパンフレット。
映画や舞台のパンフレットはとくに、ただなんとなく眺めているだけでも楽しいのに作品の余白を埋めたり奥行きを持たせたりしてくれる、もうワンステップ上がった面白さがある。
劇場を出た後の喫茶店で、帰りの電車やバスで、家のベッドのなかで、物語の向こう側を覗くみたいに、ギュッと羅列したことばに目を走らせる時間は特別だ。
せっかく自らの足で劇場に赴いた作品だ。
より造詣を深めると思ってひとつ、パンフレットの隅から隅まで読んでみてはいかがだろうか。