
あんかけスパゲティ

あんかけスパゲティ
あんかけスパゲティ……それは魅惑のB級グルメ。
その昔愛知県に住んでいた頃出会った食べ物で、いまでもときおり無性に食べたくなってしまう思い出の味だ。
関東方面にお住まいの方には馴染みのない食べ物だと思うが、愛知県を中心とした東海地方では古くから親しまれ、ご当地には多くの専門店が存在し、喫茶店などでも味わうことができる。愛知県名古屋市栄の洋食店「そ~れ」が発祥とされ、のちにスパゲティハウス「ヨコイ」で看板メニューとして提供されたのが元祖と呼ばれている。その誕生は1960年代というから、なかなかに歴史のある料理なのだ。
あんかけという言葉から、中華料理などの“あん”をイメージされると思うが、あんかけスパゲティに使われるソースは、トマトベースにたっぷりの胡椒の辛味を効かせたものであり、トマトのほかにも様々な野菜を長時間煮込むことで複雑な味わいと濃厚なとろみが生まれる。粘度の高いソースが麺に絡む様子が「あんかけうどん」を連想させることから、このような名称がついたらしい。パスタも一般的な細さのスパゲッティーニ等ではなく、コシのある2㎜以上の太麺を使用する。基本ベースとなる先述のソースに様々なトッピングを乗せて楽しむスタイルも大きな特徴だ。ちなみに略称は「あんかけスパ」である。ゲティはいらない。
代表的なトッピングとして、下記が挙げられる。
■ピカタ(豚肉黄金焼き)
■ミラネーゼ(ソーセージ、ベーコンなど)
■カントリー(炒めたたまねぎ、ピーマンなどの野菜)
■バイキング(エビフライなどの揚げ物)
あんかけスパを提供するお店では、これらが定番のトッピングメニューとなっているようだ。
その他にも店舗によっては、上記以外にポパイ(ほうれん草)、オリーブ(なす)、カレールゥとのあいがけのインディアンや、オムライス風の薄焼き卵が乗せられる物など、実に多種多様なトッピングが存在する。ソースはもちろんだが、トッピングの種類にも店毎のこだわりが現れるのだ。それぞれを組み合わせて自分好みのメニューにカスタマイズできるのも楽しい。ソースと具材のマリアージュは、この料理の魅力のひとつである。
あんかけスパの美味しさを伝えたい気持ちがはやってうっかりスルーしてしまいそうだが、トッピングの独特な名称については、あんかけスパ愛好家の僕も首をかしげている。これについて茶々を入れるのは無粋な行為かもしれないが、あえて言おう。
ピカタはいい。ミラネーゼはおそらくイタリアの都市であるミラノを想起しての名称なのだろうが、ソーセージやベーコンなど家庭でお馴染みの加工肉からミラノを連想させる要素は見つからない。炒めたたまねぎ、ピーマン等の野菜=カントリーて。どこのカントリーなのか。無国籍にも程がある。急に大雑把。
ミラネーゼとカントリーのコンビは「ミラカン」の愛称で親しまれているポピュラーな組み合わせだが、一切のひねりがない。
ポパイはまだ分かる。アメリカ漫画の主人公「ポパイ」はほうれん草を食べるとパワーアップするのだ。栄養満点。オリーブは茄子の色味がオリーブに似ているからなのだろう。漫画ではポパイのガールフレンドの名前がオリーブなのだが、しかし、あんかけスパにおいてこの組み合わせは「ポパオリ」というカップリング名称にはならないようだ。オーダーする際の呼称は「ポパイオリーブ」である。というか、今度はアメリカンになっちゃってる。
インディアンに至ってはもはや元ネタを推測することさえ億劫になってしまう。カレーが乗っているからインドということなのか。インディアンで連想するのはネイティブ・アメリカンだろうが。インドでいいだろ。
興奮するあまり、名称についてディスリスペクトするような書き方になってしまった。
呼吸を整えよう。
初めてあんかけスパを注文した時にはどんな物が出てくるのかひとつも想像がつかなかった。ラーメン店でお好みの麺の固さやスープの濃さ、あぶらの量を伝えるよりもはるかに難解だ。この料理の全貌を知る前の段階では、オーダーの際に不安と恐怖を乗り越えるために奥歯をかみしめ、心の加速装置のスイッチを入れなければならない。石ノ森章太郎原作の漫画「009」の言葉を借りよう。
「あとは、勇気だけだ。」
このトッピングたちが、濃厚なソースと出会うことによってはじめて「あんかけスパ」は完成する。スパイシーなソースは意外にもどんなトッピングともマッチする。ソースに絡みやすい太麺は食べ応え十分だ。そもそも、トマトのフレッシュさやにんにくの香り、魚介類のうま味などを楽しむ我々の良く知るイタリアのパスタ料理とは根本的に異なる。その風味は他のどの料理とも類似点を見つけにくく、完全に日本独自の進化を遂げた料理と言えよう。
ん?これって、ラーメンの文化と似ていやしないだろうか?ラーメンももはや日本の国民食へと変貌を遂げ、本場中国のそれとは別物になっている。様々な店の中から自分の好きな味に出会い、トッピングをアレンジすることによってその趣向を塗り替えていく美食の旅……。日本の食文化は奥深い。
僕はあんかけスパゲティが大好きだ。毎日だって食べられる。実際、愛知県在住だった頃は多いときで週3~4回のペースで贔屓の店に通っていた。(残念ながらそのお店は閉店してしまっている)それほどまでに愛するこの料理だが、残念ながら認知度の低さから東京で食べられる機会はごく限られてしまう。さらにそこから自分好みの味に出会えるチャンスはますます減少するだろう。実際、東京に来てからは一度もあんかけスパを食べていない。
あぁ……食べたい。食べた過ぎる。食べたいよぉ。君に会いたい。会いたくて、会いたくて、震える。(「会いたくて、会いたくて」のヒットソングで有名なミュージシャンの西野カナさんは愛知県出身である。)
そんなに好きなら、自分で作ってしまえ。
ある日のまかないを作る時に僕は思い立ち、試作に臨んだ。むかし通った店の兄貴にこっそり聞いたレシピの概要と味を、必死に思い出した。インターネットで見つけたお手軽レシピも参考にする。気が付くとかなりの時間、鍋と格闘してしまっていた。
本家には遠く及ばないが、あの味にちょっぴりだけ近い物が完成した。
あんかけスパゲッティらしきものが、出来たのだ。
この達成感を写真でしか伝えることのできない自分の拙い表現力が、もどかしい。
僕だけが食べるにはもったいない。誰か、試食に来てくれ。あんかけスパの美味しさを共に分かち合いたい……。このコラムを読んで少しでもあんかけスパに興味を持っていただけたあなた。あんかけスパのあの味が恋しいあなた。事前にご予約の連絡をいただければ、割烹DISCO大蔵で準備いたします。味の保証は、しない。
■あんかけスパゲティ
■そ~れ
■スパゲティハウス ヨコイ
■ポパイ
■石ノ森章太郎
■009
■西野カナ