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Written by原田 透子
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マリア様の哀しみを、背負って飛ぶ

マリア様の哀しみを、背負って飛ぶ

マリア様の哀しみを、背負って飛ぶ

 

ずいぶん久しぶりに、読書で夜更かしをしてしまった。

そもそも、一度読みだしたら途中で切り上げられない私の本の読み方と子育て生活の相性はすこぶる悪く、本を読むことからすら足が遠のいていたここ数年。

常夜灯のオレンジのあかりを頼りに、ベッドのなかでひっそりと小説をめくったのなんて、いったいいつ以来かも思い出せない。

 

あまり本を読んでいないから、ライトな方がいいよな、と思い手に取ったのが伊坂幸太郎

伊坂作品は、中学生のころにのめり込んだもののそれ以来で、当時ずいぶん執心した作品の続編が出た(というかシリーズ化した)っていうんで、ひとまずそれを手に取った。

 

『マリアビートル』

 

 

中学生のいたいけなわたしが、本がバラけるほど読みふけった小説『グラスホッパー』の続編(話自体は独立している)で、通称《殺し屋シリーズ》の第2作品目にあたる。

 

《殺し屋シリーズ》というのはその名のとおり、登場する殺し屋たちがさまざまな思惑のなかで互いに痛い目に合わせたり合ったりするわけなんだけれど、今作では東北新幹線のはやてを舞台に、その騒動が描かれている。

 

物語は、ビルの屋上から突き落とされ昏睡状態に陥っている幼い息子の仇討のため、元殺し屋、現アル中の木村が新感線に乗り込む場面から始まる。

ろくでもない自分における唯一の光であった息子を虐げられ、全てを投げうってでも復讐を誓う心身ともにズタボロの中年だ。

 

この木村が復讐をしようとしているのが、「王子」という中学生で、これがもう手の付けられないクソガキなんである。

優等生然とした美しい皮の下に、閻魔様すらもろ手を挙げて逃げ出しそうな地獄を飼っている、悪魔のような少年。

弱みを握り、洗脳し、ひとを操って遊ぶことを趣味にしている。

 

一方、そんな木村と王子と同じ新幹線に乗っている殺し屋の蜜柑と檸檬は、峰岸という裏社会のボスに依頼され、身代金目的で拉致されていた息子と金の入ったトランクを届けるため、岩手に向かっていた。

ところが少し目を離したすきに、トランクは何者かに盗まれたうえに、助け出した峰岸の息子は殺されてしまう。

 

蜜柑と檸檬の運んでいたトランクを盗んだのは、この世の不運をすべて背負ったような、ツキのない七尾という殺し屋だった。

仲介人の真莉亜の指示のもと、トランクを奪取し上野駅で早々に降りて任務を完了するはずが、そのツキのなさをいかんなく発揮しその上野駅で偶然、過去に因縁のある同業者と鉢合わせて新幹線のなかに押し戻されてしまう。

 

王子に誘導されているとも知らず仇討に失敗した木村は、息子の命のため仕方なく王子と行動を共にし、王子は大の大人が自分に屈服するさまに優越する。

蜜柑と檸檬はトランクと依頼人の息子を殺した犯人探しに躍起になり、七尾はどうにかして新幹線を降りようと苦戦するのだった。

 

偶然乗り合わせた殺し屋たちと、悪魔のようなひとりの少年。

そして謎の塾講師鈴木、新たに浮上する「伝説の殺し屋」の可能性……。

 

こんな新幹線には乗りたくないオブザイヤー堂々の第1位です。

おめでとうございます。

 

時速200キロで疾走する鉄の箱のなかという限られた空間が舞台、というのがもうエンタメ感満載で心が躍ってしまう。

目的地へ向かっているものの、どこへも逃げられず、そのくせ問題ばかりが次から次へと起こるさまにページをめくる手が止まらない。

 

そして物語が進むにつれひどさを増す王子の残虐性(かなり劣悪な中二病だと思って差し支えない)に、「このクソガキがとうにかなるまで絶対に読むのをやめられない……」と、完全にドツボにハマり、夜更かしをしてしまうことになったわけだ。

 

作中、このクソガ……王子はしきりに

「どうして人を殺してはいけないの?(きゅるん)」

と大人に訪ね、(自分の納得する答えを)答えられない大人たちを内心あざ笑うんだけれど、偶然この新幹線に乗り合わせた前作『グラスホッパー』の主人公である鈴木が、それはもう清々しいほどにスパーンと王子を論破する。

ここで書かれている文章が、生意気な子どもを懲らしめるため、や、大人として未熟な子どもを正しく導くため、とかではなく、一人のひととしての問いかけ、といった風なのが素晴らしいなと思う。

 

賢すぎる王子にとって、対等として見られながらぐうの音も出ない指摘、というのは恐らくなによりのダメージなんだろうな。

 

ところで、前作『グラスホッパー』、そして第3作目『AX』でもそうだけれど、《殺し屋シリーズ》の魅力は、とにかくキャラクターの設定に凝っていることだ。

決して説明的すぎるわけではないのに、思想や語り口調、そして記載される仕草からそのキャラクターの人物像がむくむくと浮かび上がってきて、そのどれもが主人公級のキャラ立ちをしている。

 

それぞれのキャラクターを行き来きしながら物語が進む群像劇的な物語では、登場人物のひとりひとりに入り込めるトリガーが無いと途端にシラケてしまうわけだけれど、これらの作品はどのキャラクターの目線で見てもびっくりするほど引き込まれてしまう。

 

胸糞悪すぎて襟首つかんでガックンガックンゆすぶってやりたくなるような王子のパートですら、こいつがなにをどういうふうに考えているのか余すところなく見てやるぜ、という気になるのだ。

 

エンタメ小説はやはり「エンタメ」というだけあり、人のなかの冒険心をくすぐってきて楽しい。

静謐な文学作品にはない騒々しさやバカらしさが、これほど面白いものだったかととんでもなく久しぶりに思い出した。(もちろんエンタメも文学も両方好きだよ)

 

文庫にして600ページ弱ある大作だけれど、絶対に途中でやめられない求心力がすさまじい。そりゃ、薄暗い部屋のベッドのなかで無心に読みふけってしまうというものだ。

刊行から10年余りがたってようやく手にしたけれど、読もう、と思って本当に良かった。

 

そういえばタイトルの『マリアビートル』は、英語でレディバグ、レディービートルと呼ばれる天道虫をさす。

これはナナホシテントウムシが、マリア様の7つの哀しみを背負って飛んでいく、というところから引用しているようで、作中ではツイてない殺し屋、七尾の通称が「天道虫」であることから、恐らく七尾の事なのだろう。

 

一見、人質に取られた息子を助け出し、あわよくば仇討も果たさんとする木村のスカッと下克上物語に思えるが、なるほどなぜタイトルが『マリアビートル』なのか、読み終えてみるとニヤッとしちゃうものがある。

原田 透子

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